四谷偏差値50台の子は「サピ・グノ」と「早稲アカ・四谷」、どちらを選ぶべきか

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中学受験の塾選びで「サピックス」と「早稲田アカデミー・四谷大塚」のどちらか、というテーマは、いつの時代も保護者の関心の中心にあります。

以前、最上位層についてはどちらでも結果は変わらない、という話を書きました。彼らはどの環境でも、システムの欠点すら自分で乗り越えて伸びていくからです。

では、そこから一段下——四谷大塚偏差値でいえば50台(おおよそ50〜59)の層は、どちらを選べばよいのでしょうか。

先に結論を申し上げます。この層については、どちらの塾を選んでも、算数のシステムにはそれぞれ無視できない欠点がついてまわります。だから塾の看板で決めるのではなく、「その欠点を、我が家は克服できるか」という一点で見立てるのが、いちばん確かだと考えています。

1.サピックスの「勉強しやすさ」は、この層では諸刃になる

サピックスの数値替え文化は、勉強のしやすさが最大の魅力です。解き方を一度つかめば、テンポよく解き進められる。これは間違いなく長所です。

ただ、この層ではその長所が、そのまま「雑になりやすさ」に裏返ります。スムーズに解けるがゆえに、意味を考えずに手順だけをなぞる作業になり、理解が置き去りのまま先へ進んでしまう。上位層なら反復のなかで勝手に本質をつかみますが、この層では、放っておくと「解けているのに分かっていない」状態になりがちです。

そして、それに拍車をかけるのが授業内テストの仕組みです。短時間で区切られたテストに追われ、クラス替えもかかってくると、どうしても目先の点を取りにいく学習になる。じっくり考えて理解を固めるより、こなして点を取ることが優先されてしまう。この「雑さ」こそが、この層にとって最も痛いところだと、私は見ています。

さらにサピックスは、毎週の教材で難しい問題を思い切って捨てる設計になっています。トップ層はそれで構いませんが、「もったいない」という欲があると捨てきれず、中途半端に手を出して消化不良になる。取捨の判断そのものが、家庭に委ねられているのです。

2.「空いた時間」を活かせるか、が最初の関門

サピックスのもう一つの特徴は、拘束時間の短さです。6年の夏まで土日に授業がなく、A授業・B授業に分かれてはいても、正味の授業時間は短く設計されています。夏期講習にしても、塾にいない時間はそれなりに長い。

上位層にとって、この空白は自由に使える【余白】という武器でした。外部の教材や指導を組み合わせ、自分に最適な形に鍛え上げられるからです。

けれど、この層で同じことをするのは、正直に言って難しい。空いた時間を、有効な学習で埋めきるのは容易ではないからです。何をどう補えばいいか、その設計自体に手引きが要る。時間が空いていること自体は、この層にとって必ずしも味方にはなってくれません。ここをどう使うかが、最初の関門になります。

3.早稲アカ・四谷は「テストに追われる」構造

では、量と充実感で引っぱる早稲アカ・四谷大塚系はどうか。こちらはこちらで、別の欠点があります。

まず、この系統は毎週テストがある。テストが学習のペースメーカーになる長所はありますが、この層では逆に、テストに追われて「覚える勉強」に流れやすい。次のテストで点を取ることが目的化して、理解より暗記に傾く。数値替えの雑さとは形が違いますが、結局「分かっていないのに進んでいる」という点では同じ落とし穴です。

そして、そもそも類題文化は、解説を読んで学力を上げること自体が難しい。自力で解けなかった問題を解説で理解するには、相応の地力が要ります。この層では、解説を追っても腹落ちしきらず、写して終わりになりがち。負荷の高い類題が、力に変わりきらないのです。

4.予習シリーズの「広く深く」と、捨てる判断

早稲アカ・四谷の予習シリーズは、広く、そして深く作られています。網羅性が高いのは長所ですが、この層にとっては裏目にも出ます。あれもこれもと手を広げるうちに、本当に大事な重要テーマを、確実に身につけきれない。広い分、一つひとつが浅くなりやすいのです。

だからこの系統でも、毎週いくつかのテーマを捨てる判断が要ります。サピックスが「難問を捨てる」なら、こちらは「テーマを捨てる」。しかも、どれが我が子にとって今いらないテーマかを見極めるのは、難問を捨てるより判断が難しい。ここでもまた、取捨のセンスが家庭に問われます。

結局、決め手は「欠点を克服できるか」

こうして並べると、はっきりします。この層では、どちらを選んでも欠点は避けられない。 サピックスなら雑になりやすさと空白時間、早稲アカ・四谷ならテスト追われと捨てる判断。逃げ場はありません。

だからこそ、選ぶ基準は塾そのものではなく、その欠点を家庭で克服できるかどうかにあります。そして今は、克服の手段が確かに存在します。保護者が学習を設計して工夫する、家庭教師など外部の力を借りる、そしてAIを使う。これらを使えれば、上に挙げた欠点の多くは十分に補えます。逆に、どれも使えなければ、欠点はそのまま残ります。

見立て方はシンプルです。「我が家は、この欠点を克服できそうか」を正直に予想して、克服できるほうを選ぶ。それだけです。

ただ、ここで一つ、正直にお伝えしておかなければならないことがあります。上に挙げた欠点のほとんどは補えるのですが、たった一つ、どうにも補いにくいものがある。 それが、サピックスの「雑になりがち」です。

空白時間の使い方や、テーマの取捨、解説の噛み砕きなら、AIも親も家庭教師も手を貸せます。教えたり、設計したり、一緒に考えたりできる場面があるからです。ところが「雑さ」だけは違います。これは問題が解けないから起きるのではなく、解けてしまうがゆえに、本人が意味を考えず速く流してしまうという、姿勢そのものの問題だからです。

だから、外から手を入れる隙が、そもそもありません。AIが介入する場面がない——本人が雑に解いて先へ進んでいくのを、止めようがない。親や家庭教師が「もっと丁寧に」「ちゃんと考えて」と言っても、その場では直っても、また元に戻る。この姿勢は、外から言葉で変えられるものではなく、本人の中でしか変わらないからです。指示が解決につながらないケースが、本当に多い。

だからこそ、ここが最大の分岐点になります。 他の欠点は手段さえあれば補える。けれど「雑になりがち」だけは、補う手段が効きにくい。これを克服できる子(あるいは、そもそも雑にならない子)なら、勉強しやすさというサピックスの長所が素直に活きてきます。逆に潰せないなら、その長所は「雑に速く進むだけ」に変わってしまう。この一点を越えられるかどうかが、向き不向きを分ける、いちばん深い境界線だと思います。

塾という強固なシステムに乗ることは、この層にとってゴールではなくスタートにすぎません。乗ったうえで、その欠点をどう補うか。そこに家庭が手を打てるかどうかで、同じ塾でも結果は大きく変わります。

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