褒めるのはとても危険な行為

日本では褒めて伸ばすという考えが21世紀初頭頃から強くなりました。

その結果はあまり良かったとは言えないのではないでしょうか。

 

理由は簡単で、褒められると、手を抜いても良いと捉えるからです。

人間(他の動物もだと思いますが)は「楽をしたい」と考えるので、楽ができるお墨付きをもらえれば、楽な方向に流れていきます。

「もっと褒められるように頑張る」子もいますが、だいたいそれは「もっと良い成績を取りたい」気持ちの方が強いのではないでしょうか。

そういう子は、褒められなくても同じ行動になると思います。

 

「褒める」と「認める」というものがあり、これを分ける考え方もありますが、ほとんど同じだと思います。

誰が褒める(認める)かが重要です。

 

例えば、私は「比と割合」表で解く練習問題120という書籍を発行しました。

一応、実家の両親に本を出したと伝えました。

実家の両親は私が褒められるのが嫌いと知っているからなのか、驚きもせずに「ふ~ん」の一言で終わりでした(笑)

仮に、親に「凄いね!」と言われても、私は良い気分にはなりません。

「本くらいは書こうと思えば誰でも書けるよ」と答えると思います。

 

ところが、算数指導スキルが高い塾講師が「あの本とても良いですね!」と言ってくれれば、天まで昇る心地になります。

意欲が湧いて、さらに仕事に精を出そうという気持ちになると思います。

客観的な立場のこの人が褒めるということは、本当に良いものなんだと実感できるかどうかです。

 

よく、結果ではなく過程を褒めた方が良いと言われます。

これもどうなんでしょう?

  1. 頑張って労力をかけて良い結果になる
  2. あまり労力をかけずに良い結果になる
  3. 頑張って労力をかけたのに良い結果にならない
  4. あまり労力をかけず、結果も良くない

 

①は「頑張った成果が出たね」

②は「短い時間で良い結果を出せるのは良いことだよ」「これが続くと良いね」

③は「やり方を変えた方が良いんじゃない?」

④は「やらなければこの結果だね」

 

このような声かけになりますが、どれも褒めていませんし、貶してもいません。

認めるというよりも、単なる感想を述べただけになっています。

「この人に褒められたい」というような立場の人でなければ、褒めようとか認めようとするよりも、客観的な感想を伝えるので十分な気がします。

感想くらいは言わないといけないとは思います。

 

いままで見てきた優秀な生徒さんの保護者で考えますと、褒めるタイプと褒めないタイプとで、成績に相関関係はないと思います。

褒めて伸びていく子を見ますと、「これが真の教育だ!」と思ってしまうかもしれませんが、褒めても伸びない子の方が圧倒的に多いです。

 

それよりも「○○が終わったら遊ぼうね」というような厳しい面があり、○○のレベルを徐々に上げ、当たり前の水準をどんどん高めていく印象があります。

「結果ではなく過程を褒めよう」という主流の姿勢から、「当たり前の水準を徐々に引き上げよう」という姿勢に切り替えた方が良いと思っています。

この記事は私が書いたよ!

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