「比と割合」前後で分ける、賢い算数カリキュラムとは
中学受験の算数を教えていると、4年生の壁がいかに厚いかを日々痛感します。
特に「和と差」に関するいわゆる特殊算(つるかめ算・平均算・消去算・和差算・過不足算)。
この分野でつまずく子は非常に多く、そして学習スタイルが覚える算数になってしまい、5年生以降に尾を引きます。
これは、子どもの理解力が足りないのではなく、カリキュラムの構造そのものに無理があるのです。
■ 4年生の「特殊算」、いま何が起きているのか
大手塾の4年生カリキュラムでは、次のように扱われています。
● つるかめ算
「鶴と亀の問題」から入り、「もし全部○○だったら」と考えるタイプまで進みます。
本来、鶴と亀の問題は面積図で解くべきです。
理由は明確で、5年生以降に登場する速さ・売買損益算・密度などの発展単元では、つるかめ算の応用として面積図の「わかりやすさ」を活かして考えるからです。
さらに、理科でもつるかめ算の考え方が登場し、ここでも面積図が役に立ちます。
つまり、4年生の段階で面積図を避けてしまうと、後の学習で大きな不利益を生みます。
一方で、「もし全部○○だったら」というタイプの問題は、本来は表で解くべきです。
理由は、考え方の本質が「規則性」だからです。
ただし、規則性の感覚をまだ十分に扱っていない段階では、表を使っても理解が深まらず、逆に混乱してしまいます。
現状では、塾では面積図が教えられないまま、「面積図の問題」も「もし全部○○の問題」も、すべて計算式だけで解かせるケースが多発しています。
これは、規則性を十分マスターしていない4年生の時期に、「とりあえず解ける方法」として計算式で処理してしまうからです。
面積図を教えない理由は、「もし全部○○の問題は面積図で解けないし、4年生のレベルならどのタイプの問題でも、面積図がなくても解けるから」。
面積図で解けるか解けないかの判断を避け、すべて面積図無しで解く。
長期的な育成を見据えず、「今だけ解ければいい」指導に終始しているのです。
結果として、5年生以降の発展単元――
速さ・売買損益・密度などの“面積図が活きる”場面で、その基礎がないまま苦戦することになります。
● 平均算
表にまとめて解く問題と、面積図を使う問題を扱います。
しかし、つるかめ算で面積図に慣れていないため、ここでも面積図が描けない生徒が続出。
実際に「食塩水の面積図が苦手」という相談を受けて確認してみると、原因はもっと手前にあることが多いです。
問題をいろいろ解いてもらうと、平均算のときに面積図を教わっていたにもかかわらず、そのときからしっかりマスターできていなかったというケースが非常に多いのです。
つまり、食塩水の面積図でつまずいたのではなく、平均算の面積図の段階でつまずきを放置していた――これが本当の原因です。
面積図が苦手というより、面積図を使って考える経験が定着していなかったのです。
● 消去算
消去法と代入法を一緒に扱います。
この2つは考え方が全く違うようで、実は似ていて、一度に教えることで混乱を招きます。
結果、消去法はあやふや、代入法はまるで身につかず。
ここもボロボロ。
この代入法というのは、本来なら中学2年生ごろに扱う内容です。
スーパーエリート小学生なら、そのくらいの先取りは余裕でしょう。
しかし、中学受験が一般化された今の時代、本当に約4年間も先取りして大丈夫なのでしょうか?
誰もこういう主張をしないことに、私は正直、鳥肌が立つような違和感を覚えます。
「難しい内容を早くやる=すごいこと」と思われがちですが、それが理解の質を下げ、思考を止める最大の原因になっている――
ここをもっと真剣に考えるべきだと思います。
● 和差算
線分図で考えるのが基本ですが、3つの数を扱う「3数タイプ」になると描けない子が多いです。
線が1本増えたこでで、処理ができなくなるのです。
これが線分図の限界です。
● 過不足算
イメージが固まらず、「覚える算数」になりがちです。
条件に合う解き方を丸暗記して、当たれば正解、外れれば沈没。
ただし、6年生で“いつの間にか”できるようになるケースもあります。
苦手という子に教えると、「えっ?できているよ」というケースが何件もありました。
■ 原因は明確。「比と割合」前に詰め込みすぎ
こうした現象の根本的な原因は、「比と割合」を学習する前に、難度の高い特殊算を詰め込んでいることにあります。
大手塾のカリキュラムは、もともとハイレベル層が中心の時代に作られたものです。
理解力が高い子どもたちが対象だったため、比と割合は抽象的でまだ早いけれど、それ以外の学習内容なら難度が高くても吸収できたのです。
ところが、現在の母集団はまったく違います。
比と割合以前の段階で、難易度的に無理がある状態で特殊算を詰め込む。
結果、理解が浅くなり、覚える算数に変質してしまっているのです。
■ 解決策:ファーストステージとセカンドステージに分ける
この問題の解決策は、実にシンプルです。
比や割合を学習する前の「ファーストステージ」と、比や割合を学習した後の「セカンドステージ」に、特殊算を分けて再構成すればよいのです。
● つるかめ算
- ファーストステージ:面積図で解ける「鶴と亀タイプ」のみ。すべて面積図で解けるので混乱がないため面積図で教える。
- セカンドステージ:もし全部~だったら、のタイプを「表」で整理。 規則性を理解してから扱えば、ストレスなく解けます。
● 平均算
- ファーストステージ:表にまとめて整理するタイプのみ。
- セカンドステージ:面積図を導入し、「逆比タイプ」まで学ぶ。その直後に食塩水を学習すれば、知識が自然に接続します。
● 消去算
- ファーストステージ:消去法のみ。
- セカンドステージ:代入法を扱う。代入法はレベルが高いので、同時にやる必要は一切ありません。
● 和差算
線分図を描かずに、整理の工夫だけで考えさせれば、3数のタイプ(線分図なら線を3本描く問題)もスムーズに扱えます。
● 過不足算
完全にセカンドステージ。
比と割合の理解があって、一部、比と割合の解き方を利用することで、スムーズに解けます。
■ カリキュラムの再設計で“覚える算数”から脱却する
4年生の算数で“覚える算数”が増える最大の原因は、「理解できるタイミング」より早く教えてしまうことです。
比と割合の前に特殊算を詰め込めば、子どもは「とにかく覚えるしかない」という思考になります。
しかも、場合の数や数の性質や立体図形や速さのような高度な分野ではない特殊算なので、覚えれば解けてしまいます。
しかし、比と割合を理解したあとの子どもは、同じ問題をストレスなく理解して解けるようになります。
この順番を整理してあげるだけで、同じ単元でもまったく違う表情を見せるのです。
■ 中学受験算数をスムーズに進めるために
中学受験の算数は、内容そのものよりも、順番と構成が命です。
比と割合の前に扱う「ファーストステージ」と、比と割合を学んだあとに扱う「セカンドステージ」。
この2つにうまく分けることが、いまの子どもたちに合った最も合理的な学習法です。
「理解できないのではなく、順番が悪いだけ。」
算数は、順番を整えれば必ず伸びます。
いまのカリキュラムに違和感を覚える保護者の方こそ、ぜひこの「2ステージ制」を意識してみてください。
算数の流れが一気に見えてきます。
■ 「ウサギ跳びの努力、していませんか?」
大手塾では、4年生で算数が難しいというと、「演習不足」「反復が足りない」「努力が足りない」――
たいてい、この3つの言葉で片づけられます。
たしかに、反復演習という努力を積み重ねれば、時間をかけてマスターすることはできるでしょう。
しかし、それは効率の悪い遠回りであり、本来やるべき“考える訓練”とはまったく別の方向です。
努力そのものは尊いものですが、やり方を間違えれば、学習の質を下げるリスクにもなります。
昭和の時代の「ウサギ跳び」がまさにそうでした。
頑張っているようで、実は膝を壊してしまう。
いまの中学受験も、それに似ています。
「とにかく演習量を増やせ」という発想のままでは、本質的な理解も、算数のセンスも磨かれません。
だからこそ、もし受験算数で苦戦しているなら、努力の方向を変える勇気を持ってほしいのです。
理にかなった学習戦略に切り替えることこそが、遠回りに見えて最短の道。
それが私の確信です。
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「場合の数」に注力することが、他の受験生との差別化になる理由
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