褒めるの意味を間違えていませんか?

いよいよ算数教材塾・探求3年目に突入です。

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今回は褒めるがテーマです。

褒めて伸ばそうとか、褒めたら油断するとか、褒めても響かないとか、

いろいろ言われます。

褒めれば効果があるのか、褒めても効果はないのか、迷われている方もいると思います。

褒めるについて個人的な見解を述べてまいります。

 

おだてる

褒めると似たような意味で使われることもある「おだてる」

国語辞典を軽く調べてみると、

「うれしがることを言って、相手を得意にさせる。何かをさせようと、ことさらに褒める。もちあげる。」

相手がこういう思惑で接してきたら、私なら警戒します。

防衛本能が働きます。

昔、詰め将棋で褒められたときは、ゾッとしたものです。

仲間に入って欲しいだけ…だったと思います。

 

幼いお子様ですと、まだ、そういう防衛本能がないと思うので、おだてられると、嬉しくノリノリになるかもしれません。

受験のあとの合格報告のときに、受験生の姉、母、そして人見知りするという下の妹の3人が、来塾しました。

なんと、その人見知りする妹さんが、妙に私に懐いたのです。

そういう話は1回や2回という数少ない経験ではありません。

姉や母が、懐いている姿を見て驚きましたが、別に、私はあやすのが得意なわけではありません。

何一つ気の利いた行動は取りません。

でもなぜ懐くのかというと、親や兄弟が満面に笑顔だからです。

いままで見たこともない笑顔になっているということは、この人は良い人!

そう本能的に判断しているからでしょう。

つまり、まだ幼い子であれば、大人の笑顔がなによりも大切です。

笑顔でおだてていれば、良い方向に進むのではないでしょうか。

これが、幼いうちは褒めて伸ばせば良いと言われるところです。

 

いつまでもおだて続けるわけにはいかない

小学生とはいっても、高学年になってきましたら、おだてられても、胡散臭く、警戒することでしょう。

結局は「命令されている」、「支配されている」わけですから。

この人、おだてて乗せて、ぼくを支配しようとしている

こういう意識が芽生えてきましたら、もうおだては通用しません。

 

褒める=おだてる

と考えていると、うちの子は褒めても響かないと思ってしまうことでしょう。

褒めて伸ばそうと考えられている方は、おだてて乗せていこうという意識が有るか無いかを確認すると良いでしょう。

もしそういう意識があるのならば、精神年齢が高くなるほど、褒めても響かないのは普通だと言えます。

逆に、高学年になってもおだてに乗るタイプは、大丈夫?と心配してしまいます。

 

褒めて伸ばそうという人もいる

ネット徘徊したり、本屋を回ったりすると「褒めて伸ばす」というフレーズを良く目にします。

こういう主張をする人は、成功体験があるのでしょう。

妄想の場合もあるかもしれません。

記憶に残っていませんが、具体的なアドバイスを見て、「馬鹿にするなよ!」とつい思ってしまうこともありました。

実経験が実はないというアドバイスも多いことでしょう。

しかし、「褒める」と「おだてる」をしっかり分けている、あるいは無意識でも「おだてる」要素が少なく褒めている人もいると思います。

そういう人は、褒めたら伸びる!と確信していると思います。

褒め方が上手いという抽象的なことで片付けず、おだてていないからと捉えるのが良いと思います。

 

過程を褒めると良い?

よく、結果はなかなか出ないし、まぐれもあるから「過程を褒めよう」という人がいます。

私はこれは大反対です。

過程なんていくらでも手を抜けます。

勉強しているフリをして、漫画を読んでてもいいわけですから。

勉強していたとしても、必死に覚えようという辛い勉強ではなく、カラフルなノートを作ったり、漢字をパーツごとに書いていくような低品質なケースもあります。

過程が大事だからといって、こんなことを褒めても意味がありません。

褒めるどころか無駄な行動をやっていることに厳しく注意したいところです。

 

無駄な行動というのは、結果から分かります。

結果にこだわらなければ、いつまでも結果が出ない恐れがあります。

過程派の人は、私の嫌いな地頭論の人かもしれません。

がんばっても地頭が悪いからできない。

だから過程を評価しよう。

もしそう考えているとしたら悲しいです。

 

プロ野球選手でも、キャンプでたくさんの球を投げ込んでも、公式戦で勝てなかったり防御率が悪かったら意味がありません。

「結果は出ていないけど、キャンプの投げ込みを評価しよう」なんて思うわけがありません。

これはプロ野球選手でも受験生でも同じことです。

結果のみが重要で、正しい方法で取り組めば、だれでも力がつきます。

 

結果で褒めるのもダメ?

と言っても、私は結果で褒めるのも好きではありません。

150点満点のテストで、140点を取った人が立派な優等生で、80点を取った人が劣等生だと思わないからです。

各人、努力して自分のステージを上げていくことに価値があり、点数や偏差値で優劣が決まるわけではありません。

努力すればできるテストで頑張って努力して目標点をクリアしたときには、「よく頑張った!」と褒めたいですが、そういうケースはあまり多くはありません。

「難しい問題がよくできたね」なんて褒めても意味がないような気がします。

ひとこと「頭良いね」とおだてて、気分良く木に登ってもらえればそれで良いと思います。

 

褒めるとは

「おだてる」と混同しやすい「褒める」という言葉を使うのがよくないと思っています。

「褒める」の代わりに「認める」を使った方がしっくりきます。

  • 毎日勉強を欠かさずにやっている習慣ができているのは立派と認める
  • いままでできなかったことができるようになったと認める
  • 平均偏差値が半年前にくらべて上がっているのは努力の成果と認める

こんな感じです。

もちろん、それを逐一、お子様に伝える必要があります。

良いことは当然で、悪いことだけ指摘というパターンもありそうですが、良いことも悪いことも変化に気づいたら伝えることが大切です。

ゲーム的な要素を取り入れて、○○したらこれ買ってあげるなんてのも良いでしょう。

刺激があった方が楽しい場合もありますので。

 

最近、スカイプ指導では板書は控えめにして、お子様に書いてもらうことを中心にしています。

言葉で伝えて、それをお子様なりに整えて書いています。

しかし、私の目の届かない入試演習などでは整えていない場合もあります。

そんなときは遠慮なくハッキリ言います。

「その解き方じゃ、効果ないだろうね…」「次は整えて書いてね」

 

このくらいの一言二言で終わりですが、そう言われたお子様のほとんどは、次回は見違えるようにきちんと書きます。

そのときは、「しっかり書いてあるからできるようになると思うよ」とレスポンス良く伝えています。

 

つまり、どんなお子様でも認める発言はできます。

よく、褒めるところが見つからないというような声も聞きますが、認めるところがないなんてことはありえません。

そんな受験生がいましたら、スカイプ指導をしてみたいです(笑)

 

ここまで書いてきましたが、認めるという行為も簡単ではないかもしれません。

例えば、私のマイカーを見た人から、

「このクルマ、速いの?」と聞かれたとき、

「何の速さ?」と聞き返します。

「高速道路」というフレーズが出てきたら、この人、何も分かっていないなということで、表面上の会話だけにしておきます。

分かっていない人から認められても効果がほとんどないということです。

田舎に行って、おじいちゃん、おばあちゃんから立派だね~と言われても、ほとんど効果がないのもそういうことです。

中学受験の情報を多く持っている人から認められると、嬉しくもなり自信につながりもします。

インターエデュは情報ではありません

良い情報を仕入れ、お子様を正しく導いて欲しいと思います。

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